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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)108号 判決

原告

(ニューヨーク州)

アール・シー・エー・コーポレイション

右代表者

エム・エス・ウインターズ

右訴訟代理人弁理士

曾我道照

外一名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上訴期間につき附加期間を三月

とする。

事実

第一  当事者の申立

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四七年三月二一日同庁昭和四五年審判第八一三七号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(審決の成立―特許庁における手続)

一、原告は名称を「蓄音機のピツクアツプ」とする発明につき一九五八年(昭和三三年)二月二七日及び同年八月六日アメリカ合衆国において特許出願をし、これに基づく優先権を主張して、昭和三四年二月二七日特許出願(以下「原出願」という。)をし、次いで、昭和三八年一月五日旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第九条の規定による分割の特許出願(以下「本願」という。)をし、昭和四〇年六月一七日出願公告をされたが、日本ビクター株式会社その他から特許異議の申立があり、昭和四五年五月一一日拒絶査定を受けたので、同年九月一四日審判を請求(同年審判第八一三七号事件)したところ、特許庁は昭和四七年三月二一日右審判の請求は成り立たない旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年四月二六日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月を附加された)。(審決の理由)

二、右審決は本願発明の要旨を「一対の圧電型変換素子と、これらの変換素子の主面がほぼ直角な平面内に在るように変換素子を支持する装置とを備えた45/45方式の立体録音再生用ピツクアツプにおいて、音針腕を支持する制御再入部を有する一体的な結合部材を備えて音針が両変換素子のそれぞれの主面の垂直二等分面の交線上に配置されるようにしたことを特徴とする立体録音再生用ピツクアツプ。」と認定したうえ、次のように要約される理由を示している。

本願発明の要旨中「音針が両変換素子のそれぞれの主面の垂直二等分面の交線上に配置される」という要件については、原出願の明細書及び図面に明確に示されていない。すなわち、右明細書中に直接、その記載はなく、右図面中、第五ないし第一一図に示されたものは明らかに右要件を備えていないほか、第一ないし第四図に示されたもの、特に第四図のものは右要件を備えているかもしれないが、これらの図面は元来、説明図であつて寸法の記入もないから、これに記載の結合部材の音針支持体を収容する再入中央部も音針を右要件に従つて配置することを明確に示しているものとは認めることができないのである。したがつて、本願発明は原出願の明細書及び図面に記載された事項、または、それから自明な事項を発明の要旨とするものではないから、これについて、分割出願に基づく出願日の遡及を認めることができない。

そして、本願発明と本願前の公知文献たる特公昭三六年一六八二三号公報に記載された立体録音再生用ピツクアツプとは音針腕の支持構造において差異があるほかは、一致した構成であり、また、本願発明における音針腕の支持構造は、実公昭二九―一二三八号公報(モノラル型ピツクアツプ)に示されるように、それ自体公知技術であつて、これを本願発明のステレオ型ピツクアツプに転用することは当然考えられるところであるから、本願発明は特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。〈以下略〉

理由

一前掲請求原因のうち、原告主張の発明につき、原出願から、旧特許法第九条の規定による分割の本願を経て、審決が成立するまでの経緯及び発明の要旨の認定を含む審決の理由の要点に関する事実は、当事者間に争いがなく、本願発明の要旨が右審決認定のとおりであることは原告の自陳するところである。

二そして、原告主張の右審決の取消事由によれば、本訴における争点は先ず本願発明の要旨中「音針が両変換素子のそれぞれの主面の垂直二等分面の交線上に配置される」という要件が原出願の明細書または図面に記載されているか否かにあるので、この点について検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一一号証(原出願の特許願)によると、原出願の明細書には特許請求の範囲として次の記載があることが認められるが、これに本願発明の前記要件が記載されていないことは明らかである。

「個々の録音一対を一つの音溝に行つた蓄音機レコードに使用するために、二つの電気出力を有する機械―電気変換装置と、音針支持体と、上記録音で音針に与えた振動を上記変換装置に伝えて、上記録音の一方の録音波面に応答する上記音針の振動で対応する電圧変化を上記出力の一方に発生し、上記録音の他方の録音波面に対応する上記音針の振動で対応する電圧変化を上記出力の他方に発生するようにした結合装置とを備える立体音響型蓄音機ピツクアツプにおいて、上記結合装置は、上記音針保持体を収容する再入中央区分と、互にほぼ九〇度でこの再入中央区分から外向きに延びる二つの部分とを有する一体構造の軛を備え、これら外向き延長部分の再入区分から遠い方の端各々を上記変換装置に異なる位置で接着することを特徴とする立体音響型蓄音機ピツクアツプ」

(二)  次に、原出願の明細書(前掲甲第一一号証によると、発明の詳細な説明)に次のような各記載があることは当事者間に争いがない。

1  「変換素子28及び30の主面がピツクアツプケーシングの縦軸を通る垂直平面に対し四五度の角度をなし、かつ、互に直角な平面にあるよう制動体32及び34の孔を穿つ。」

2  「軛は変換素子28及び30の縦軸に直角な平面にあり、その各末広がり脚は、それが接着する交換素子の法線になつている。」

3  「音針腕の軸が大体変換素子28及び30の軸に平行である。」

4  「この軛はピアノ線の単片で造られて、一対の末広がり脚と一つの再入中央部分とを持つている。」

(弁論の全趣旨によれば、以上に表われる番号は原出願の図面中、第四図に記載のものと一致する。以下、これに同じ。なお、同図の記載を示すため、本判決末尾に別紙図面を添付する。)

これを原出願の明細書中その余の記載に併せ考えると、右明細書には原出願の特許請求の範囲にいう結合装置の構成に関して少くとも次の記載があるものと認めるのが相当である。

1  駆動位置にある音針腕56の軸線は両変換素子28、30の縦軸に大体、平行である。

2  両変換素子の各主面の垂直二等分面の交線は両変換素子の縦軸に平行であつて、垂直方向から見た場合、これら縦軸間の真中に位置する。

3  軛36は両変換素子の縦軸に直角な平面上にあつて、その一対の末広がり脚の軸線がそれぞれ両変換素子の垂直二等分面上にある。

そして、右3の当然の帰結として、軛の両脚の軸線を延長した線の交点をAとすると、A点は別紙図面に示すように両変換素子の各主面の垂直二等分面の交線上にあることとなる。

(三)  ところが、前出甲第一一号証によると、「音針」については、原出願の発明の詳細な説明中に「音針46を音針腕52の平らな端50に支え、音針48を同様に音針腕56の平らな端54に支える。」と記載されているだけで、その音針腕との位置関係を規定するものがないのは勿論、本願発明の「音針が両変換素子のそれぞれの主面の垂直二等分面の交線上に配置される」という要件について、これを直接記載した個所を見出すこともできない。さればとて、音針は音針腕の軸線上に配置されるものと仮定し、右要件中の「音針」を「音針腕」と読みかえても、駆動位置にある音針腕56が右要件を具備しているというためには、前記(二)により明らかなように(イ) 音針腕56の軸線が両変換素子28・30の縦軸に正確に平行であること、(ロ) 軛36の再入中央部における音針腕の軸線が軛の軸線の交点(別紙図面におけるA点に当る。)上にあることの二条件を満足しなければならないのに、原出願の明細書には、前記のように(イ)については見るべき記載がなく、(ロ)については全く記載がない。すなわち、本願発明の要旨中、駆動音針に関する構成については、原出願の明細書中に記載されるところがないといわざるをえない。

原告は原出願の図面中、第四図の記載を根拠に、音針48が右要件を備えていると主張するが、同図によると、駆動位置にある音針腕56の軸線が両変換素子28、30の軸線と平行でないことがたやすく認められ、原告主張のようにA点(前記のように両変換素子の各主面の垂直二等分面の交線上にある。)より音針腕56に平行に引いた線が音針48の先端を通るようなことはありえず、かえつて、被告主張のように、A点より両変換素子28、30の軸線に平行な線A・B(別紙図面の赤実線)が音針腕56の平らな端54の上方(図上では下方になる。)を通り、音針48の先端と相当隔りがあることが明らかであるから原告の右主張は当らない。

(四)  以上の次第で、本願発明の要旨中、前記要件は、原出願の明細書または図面に記載されているといえないから、本願をもつて適法な分割出願ということはできず、したがつて、これにつき原出願の日まで出願日の遡及を認めることはできない。

三してみると、本願発明がその出願日前に領布された引用例との対比により進歩性を否定されることがあつてもやむをえないものというべきところ、原告は本願発明の進歩性に関する右審決の認定ないし判断について争わないから、右審決に原告主張の違法があるということはできない。

よつて、本件審決の違法を主張してその取消を求める本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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